Atiyah「理論」の誤植
Atiyah の本の和訳 [A2] で見つけた誤植や間違い(と思われるもの)についてまとめています.
※ 間違いなどについては「自分で発見して適切に修正する」という行為自体が勉強になるので,できれば最初は見ない方がよいと思いますし,そもそも公開すべきでないという意見もあるかもしれません. しかし一方で,初学者が独力では発見(修正)が難しいと思われる間違いもいくつかあり,その方達のためにも非公式的にですが以下の内容を公開します.
1章
p.3, 12行目:
「任意の同型写像 は」「任意の準同型写像 は」
原文 [A1] を見ると「any homomorphism 」とあるので,和訳の際に"準"がタイポしたものと思われる.
p.13, 4行目:
「 は可縮」「 は可縮」
確かに は線型空間であることから可縮ではあるのだが,ここで使うべき性質は の可縮性である.
2章
p.31, 19行目:
「」 「」
各点 に対応する 部分空間のことを言っているので,ここは で添字付けするのが正しいと思われる.
p.33, 1行目:
「ゼロ切断上および無限遠切断上の自明な写像と一致することがわかれば」
ここは誤植ではないが,和訳が少し不親切に感じる.
原文は「coincide with the obvious ones over the zero and infinite sections」であり,同型写像 がゼロ切断および無限遠切断上では自明な同型写像と一致するということを言っている.
例えば「ゼロ切断上および無限遠切断上では自明な同型写像と一致することがわかれば」などとした方が原文の意は汲み取りやすいと思う.
p.34,2行目:
「」 「」
が抜けている.
p.34, 17行目:
「」 「」
上のベクトル束の同型を考えているので, ではなく での引き戻しが正しい.
なぜか原論文 [AB1] でも同じ誤植をしている.
p.41, 15行目:
「」 「」
和を取る範囲は までが正しい.
p.57, 1行目:
「 はいくつかの次元球面を1点で同一視したものなので」
こちらも誤植ではないのだが,和訳が少し分かりづらいと感じる.
原文は「 is a union of -spheres with a point in common」であり, がいくつかの次元球面のウェッジ和 となることを言っている.
少し意訳にはなるが「いくつかの次元球面を共通の一点で貼り合わせたもの」などとした方が意味は掴みやすいのではないかと思う.
p.58, 2行目:
「 は包含写像」
誤植というわけではないが,少し説明不足かつ直前に包含写像 について言及していて,非常にミスリーディングであるため補足をする.
ここで考えるべき包含写像は上述の自然な包含列から定まるものではなく,ゼロ切断 である.
そうでなければ図式が可換にならない.
p.68, 4行目:
「」
自然な写像が上の準同型を導くこと自体は間違いではないが,後ろの補題2.6.14 の主張などを鑑みるに,正しくは であると思われる.
ただし,この本では を圏として導入しているので,正確に言えばこの書き方も問題がある.
さらに言えば,そもそも は集合にならない.なのでこの部分を正確に書こうとすると, も圏として導入し を関手とするか,ホモトピー類の間の写像として を定義するかのいずれかになると思う.
なお,この節の内容の参考にしたであろう [ABS1] では ではなく となっている.
ちなみにこの論文では を集合として導入しているので厳密には間違っている( は集合にならない)が,上述の様に適当に修正すればよいだけなので本質的な問題ではない.
p.68, 8行目:
「 上の任意の複体で」
文脈的にはここで考える底空間は が正しい.
原文でも となっているので和訳の際にタイポしたものと思われる.
ただし,ここで与えられている証明は誤りである(そもそも証明しようとしている主張自体に誤りがある).
実際, (二点集合)とし, とするとき, 上のベクトル束 を, として定め, 上の複体 を考えると,これは 上非輪状であるが 上の複体には拡張できない( と 上のファイバーのランクが異なるため).
そもそもここでは のホモトピーの定義が間違っていて, でのホモトピーの定義は,「 の対象 がホモトピックであるとは, の対象 が存在して, が成り立つ」とするのが正しい.そしてこの場合, のホモトピー類 に のホモトピー類を対応させる写像が単射であることは補題 2.6.13 を に適用すれば得られる.
なお,この命題前後において"〜上の複体"や,"系列 " といった用語の使い方が若干いいかげんであり,私がテキストに書かれている主張の意味を誤解している可能性もある.
たとえば上の反例が除外されるような解釈もできる(ただその場合別の箇所で問題が生じるのだが...)
もしこの部分について気になる方がいらっしゃればご連絡いただけると幸いである.
p.70, 5行目:
「」 「」
チルダは不要.
付録A
p.114, 下から8行目:
「」 「」
おそらく のタイプミス.
p.118, 10行目:
「定理A.1は命題A.6と命題A.7から導かれる」
導かれない.命題A.6では半群としての完全系列しか言っていないため,「核が自明 単射」といった論法が使えないからである.
実は (および )が群になることが示せるため,命題A.6の完全系列は群としての完全系列になり,そこから定理A.1が(「命題A.7より「核が自明 単射」を使って)導かれる.
参考文献
[AB1] Michael F Atiyah and Raoul Bott , "On the periodicity theorem for complex vector bundles", Acta Mathematica, vol. 112, pp. 229--247, 1964.
[ABS1] Michael F Atiyah and Raoul Bott and Arnold S Shapiro , "Clifford modules", Topology, vol. 3, pp. 3-38, 1964.