位相的KK理論についての教科書

位相的KK理論に関する教科書や入門用pdf等についての紹介. 全てをちゃんと読んだわけではないので,あくまで本稿執筆時点の筆者の主観である (なお,以下で単にKK理論といえば位相的KK理論のことを指す).

※ (KK理論に限らないことであるが)教科書というのは読み手との相性があるので,図書館で借りる等をして自分に合っていると思うものを選ぶのがよい.

Contents

Atiyah「KK-Theory」

KK理論に関する教科書として必ず言及される,KK理論の創始者 Atiyah 自身による世界的に有名な教科書である. おそらくその後のKK理論に関する本の「標準」にもなっていると思う.

[A22]の監訳者解説でも説明されているように, 初版[A67]と改訂版[A89]では2章の構成が少し異なっている. 以下のコメントは基本的に初版[A67]とその日本語訳である[A22]に基づいたものである.

Atiyah が ハーバード大学で行った講義を元にしているとの通り,全体的に説明は簡潔であるが, 一方で議論の大事な点についてはしっかりと触れられている(時々筆が滑るみたいであるが). じっくりと取り組むことで多くのものが得られる「良い本」だと思う.

ただし,上記で触れたように全体的に説明が簡潔なので行間を埋めるためには少し努力が必要であることと, 「なぜそのような定義をするのか」や「その定理がどういう意味を持つのか」等の説明がほぼ無い点には注意が必要である ("明示的な"演習問題はほぼ無く,具体例も多くはない). そのような事情から,個人的には独学よりも複数人で行うセミナー向けの本であるように思う. なお,もしあまりトポロジーに詳しく無い場合には,指導教官ないしトポロジーに詳しい人と一緒に勉強することを勧める(もしくは並行して勉強するとよい).

以下,内容に関するコメント:

  • 1章について

    • ベクトル束に関する事項については以下で紹介するKaroubiの本[K78]のI章が参考になる.

  • 2章の Bott 周期性の証明について

    • 実はこの部分は(誤植含めて)論文[AH61]の内容ほぼそのままである.元論文の方には証明のアイデアについてのコメントなどもあるため,こちらの元論文も一読することを勧める.

    • なお証明の概略については Bott 自身による解説[B70]の p.388〜392 が非常に参考になる.証明の詳細を追う前に読んでおくことで議論の見通しがかなりクリアになると思う.

  • 2.6節について

    • この節には色々と面倒な間違いがある.

    • 節の内容自体は Atiyah-Bott-Shapiro の有名な論文[ABS64]の PART II とほぼ同じなので,こちらを参考にするとよい.

  • 2.7節について

    • 旗束やグラスマン束のKK群の計算およびキュネスの定理についてはKaroubiの本[K78]のIV章3節が詳しい.

  • その他

    • 非公式ではあるが,ここに誤植等をまとめている.

Karoubi「KK-Theory An Introduction」

KK理論の大家 Karoubi による教科書.具体例や演習問題が豊富かつ記述も丁寧で,独学にも向いていると思う. また各章末には Historical Note が設けられており,こちらの内容も非常にためになる. 一方で後述するように一部の記述が若干特徴的であり,それゆえ「標準的な教科書」といった扱いにはなっていないように思われる. 物性物理の応用に適した記述が載っているらしく,特にその方面の人たちからは注目を集めているように思う.

以下,内容に関するコメント:

  • この本ではKK群を加法圏に対して定義し,ベクトル束のなす圏の場合の具体例としてコンパクトHausdorff空間 XX に対するKKK(X)K(X) を定義している.圏に対してKK群を定義するというのはある意味正しいのであるが,一方でKK群の定義のために(初歩とはいえ)加法圏を勉強するというのも手間な話であり,この部分が「位相的KK理論の定番」とはなっていない部分なのではないかと思う.

    • なお圏の言葉については基本的な定義を押さえておく程度で十分だと思うが,もしちゃんと勉強したいということであれば[N15]あたりが記述も丁寧で参考になると思う.

  • 新しめの版だと本の末尾に補足と誤植表が載っている.

Hatcher「Vector Bundles and K-Theory」

代数トポロジーの教科書[H02]で有名な Hatcher による教科書.[H02]と同じく著者のページからダウンロードできる.まだ未出版であり,時々内容が改訂されている(以下のコメントは Version 2.2 についてのもの).

Hatcher の本らしく例が豊富で面白い.前半の約70ページ程度でKK理論の基本的な内容がまとめられており,通読にも向いていると思う. ただ[H02]と同じく読む人を選びそうな印象はある.上記webページから無料で見れるので,気になった方は軽く目を通してみることをお勧めする.

以下,内容に関するコメント:

  • 2.3節でKK理論の有名な応用である「Rn\mathbb R^n に可除代数の構造が入るのは n=1,2,4,8n=1,2,4,8 に限る」という定理(いわゆる実数を拡張する"数の概念"は複素数・四元数・八元数しか存在しないという定理)を扱っている.2.3節の終わりまでで70ページ程度なので,この定理の証明を目標にして勉強するというのもありだと思う.

  • Bott周期性の証明の"固有値分解"の部分で,他書とは異なる特性多項式を用いた議論をしている(他書([Ara75], [A67], [Hu66]など)では Dunford 積分を用いている).解析にあまり馴染みがない人にはありがたい方法かもしれない.

Wirthmüller「Vector Bundles and K-Theory」

オンライン上で公開されているレクチャーノート.中盤までの内容構成としては[A67]に近い. 全体的にAtiyahの本より行間は埋まっている印象で,[A67]を読む際の参考にもなると思う. 一方,個人のレクチャーノートにありがちではあるが,誤植(と思われる箇所)が散見されるため,その点には注意が必要である.

以下,内容に関するコメント:

  • Bott周期性の証明を X×S2X \times S^2 に対してではなく,球面束 P(1L)P(1 \oplus L) に対して行っている.球面束の場合で証明している文献はAtiyahの教科書[A67]と元論文[AH61]ぐらいなので,その意味でも[A67]を読む際の参考になると思う.

  • 一方,[A67]では球面束として P(L1)P(L \oplus 1) を使用しているため,両者で一部の符号が異なっており,参考にする際には十分な注意が必要である.

Park 「Complex Topological KK-Theory」

位相的KK理論の本であるが,他の本とはかなり趣が異なる.というのも,この本では主に連続関数環 C(X)C(X) の元を成分とする行列環 Mn(C(X))M_n(C(X)) を使って理論を展開しているからである. そのため議論の中身としては作用素環のKK理論に近い. ベクトル束に関する議論を Mn(C(X))M_n(C(X)) の冪等元で行うため,人によってはこちらの方法の方が分かりやすいという人もいると思う. 簡単な空間に対するKK群の計算例などもあり,難易度もそこまで高くないように思える. もし他の本が合わないということであれば,一度中身を見てみてもよいかもしれない.

以下,内容に関するコメント:

  • 慣れの問題ではあるが,個人的には記号のクセが強くてかなり読みにくい印象だった.行列環の要素を大文字のローマン体(S\mathrm{S}T\mathrm{T} など)で表記しているのだが,空間もベクトル束も全部大文字のアルファベットであるため非常に見づらい.また自明束をΘn(X)\Theta^n(X)と書いており,これにも慣れが必要である.

  • なお行列環の冪等元で議論をする利点として,「境界準同型が行列の形で具体的に書ける」というのはあるかもしれない.もちろん計算のためには「ある性質を満たす元をとってくる」といった操作が必要なので,そこまで計算が楽になるわけではないが,人によってはこちらの構成の方がすっきりするという人もいるのではないだろうか.

荒木「一般コホモロジー」

書名の通り一般コホモロジーについての書籍であるが,KK理論についても詳しく書いてある. 内容としてはAtiyahの教科書[A67]と重複する部分が多い.ただし構成はいくらか異なっている. 5〜7節および3章がKK理論の基本的内容にあたる部分である. 1章が一般コホモロジーの抽象論で始まっているので敷居が高く感じられるかもしれないが,上記の部分は他の部分と比較的独立に読めると思うので,まずは一度目を通してみることをお勧めする.

以下,内容に関するコメント:

  • 上述の様にAtiyah の本[A67]と全体の構成がそこそこ異なっている(例えば[A67]では分解原理からThom同型を導いているのに対し,この本ではThom同型から分解原理を導いている).一方,重複箇所についての議論の内容はほぼ同一なので,[A67]を読む際の副読本としても使用することができると思う.

    • ただし本書ではBott周期性を X×S2X \times S^2 の場合に限定している.

  • また内容とは直接関係ないが,同著者による論説[Ara70], [Ara71]KK理論に関する事項が(古典的な内容ではあるが)まとまっていて参考になる.

Husemoller「Fibre Bundles」

ファイバー束に関する有名な教科書.3章でベクトル束について,9〜11章でKK理論の基礎について扱っている. Bott周期性の証明こそAtiyah の本[A67]と同じ(ただし X×S2X \times S^2 に限定している)であるが,それ以外の部分については議論の組み立て方が結構異なっている. 全体的に記述がすっきりしていて読みやすく,行間もそこまで広くないように感じる. ある程度ベクトル束について知っていれば,9章から始めて適宜戻るという読み方もできると思う.

なお現在入手困難であるが日本語訳[Hu02]も存在する.

以下,内容に関するコメント:

  • 個人的には記号に関する一覧表が欲しかった.最初から順に読む場合には問題無いと思うが,各記号の有効範囲(プログラミングをやっている人にはスコープといえば分かりやすいかもしれない)が少し曖昧で,途中から読む場合にはその記号の"定義"を確認するのが多少面倒である.

    • たとえば11章の 2.7 Notation で X×S2X \times S^2 上の特別なベクトル束として γ,η\gamma, \eta を定義しているのだが(これらは[A67]ではそれぞれ HH^*HH と表記されているものである),それ以前の章では η\eta を一般のベクトル束の意味で用いたり,直前の 2.6 Example で XX が一点の場合(つまり X×S2=S2X \times S^2 = S^2 の場合)のベクトル束として γ,η\gamma,\eta を"定義"していたりする.

  • 12章以降の内容もKK理論に関係した話なので,興味がある方は読むと面白いと思う.

  • 内容とは直接関係ないが,同著者による講義を元とした[Hu07]には同変KK理論や捩れKK理論の話題等も含まれていて興味深い.

Mukherjee「Atiyah-Singer Index Theorem An Introduction」

Atiyah-Singerの指数定理についての教科書.1〜3章でKK理論について扱っている. 基本事項がコンパクトにまとまっている一方,後述の通り時々いい加減なことが書いてあるので注意が必要である. Aityahの本[A67]と重複する題材も多いため,Atiyahの本の副読本としても使えると思う. 逆にAtiyahの本を読んで入れば3章までをほぼスキップして,4章から本書を読み始めることもできると思う.

以下,内容に関するコメント:

  • 1章について

    • Atiyahの本(2章まで)のダイジェスト版といった感じである.ただしBott周期性の証明やThom同型・同変理論は後の章に回している他,局所コンパクト空間に対するKK理論の説明を加えているなどの違いもある.

    • Lemma 1.1.1. (c) でホモトピー不変性をパラコンパクト空間に対して証明しているが,ここの証明は間違っているので注意(δ>0\delta>0 をとる部分が XX がコンパクトでないと成り立たない).

      • なおパラコンパクト空間の場合のホモトピー不変性の証明についてはHatcherの本[H17]の Theorem1.6. に載っている.

  • 2章について

    • Atiyah-Jänich の定理の証明が載っている他,Fredholm作用素やコンパクト作用素についての説明もある.Atiyah-Jänich の定理の証明はAtiyahの本[A67]とほぼ同一であるが,Atiyahの本と同じ間違いをしている箇所がある.また Theorem 2.4.1. の Im (i)=Ker (ind)\mathrm{Im}\,(i) = \mathrm{Ker}\,(\mathrm{ind}) の証明が一部不十分である.

    • 間違いとまでは言いづらいが,2.1および2.2節の各命題の証明も変に回りくどくてややこしい.

  • 3章について

    • 3.1節でBott周期性の証明をFredholm作用素の族を用いる方法で行っている.これは本稿で紹介している他の本との大きな違いである(Karoubiの本[K78]を除き,他の本は全てAtiyah-Bottの証明を元にしたものである).

      • 関数解析の準備(2章)が必要であるが,Atiyah-Bottの証明と比べて格段にすっきりとしたものとなっている.

      • なおこの節を読むに際して,解説論文[A69]が参考になると思う.

    • 3.2節以降はAtiyahの本の2.5〜2.7節と重複する部分が多い(ただし構成は異なる).

その他

雑誌「数理科学」の2024年9月号のp.64,65 に,それぞれ「物理学徒のためのKK理論の勉強の仕方」,「数学徒のためのKK理論の勉強の仕方」という記事が載っている.教科書選びの際にはこちらの記事も参考にされるとよい.

また上記の記事が載っている2024年9月号の特集テーマは「位相的KK理論をめぐって」であり,興味深い記事が満載である. 在庫切れとなる前の購入を勧める.

参考文献

  • [Ara70] 荒木捷朗, "位相的K-理論I", 数学, vol. 22, pp. 60-76, 1970.

  • [Ara71] 荒木捷朗, "位相的K-理論II", 数学, vol. 23, pp. 272-292, 1971.

  • [Ara75] 荒木捷郎, "一般コホモロジー", 1975.

  • [A67] Michael F Atiyah , "K-theory", 1967.

  • [A69] Michael F Atiyah, "Algebraic topology and operators in Hilbert space", pp. 101--121, 1969.

  • [A89] Michael F Atiyah , "K-theory", 1989.

  • [A22] Michael F Atiyah(著)松尾信一郎(監訳)川辺治之(訳), "K理論", 2022.

  • [ABS64] Michael F Atiyah and Raoul Bott and Arnold S Shapiro , "Clifford modules", Topology, vol. 3, pp. 3-38, 1964.

  • [AH61] Michael F Atiyah and Raoul Bott , "On the periodicity theorem for complex vector bundles", Acta Mathematica, vol. 112, pp. 229--247, 1964.

  • [B70] Raoul Bott , "The periodicity theorem for the classical groups and some of its applications", Advances in Mathematics, vol. 4, pp. 353-411, 1970.

  • [H02] Allen Hatcher, "Algebraic Topology", 2002.

  • [H17] Allen Hatcher, Vector Bundles and K-Theory, https://pi.math.cornell.edu/~hatcher/VBKT/VB.pdf

  • [Hu66] Dale Husemöller, "Fibre bundles", vol. 5, 1966.

  • [Hu02] Dale Husemöller(著)三村護(訳), "ファイバー束", 2002.

  • [Hu07] Dale Husemöllerand Michael Joachimand Branislav Jurcoand Martin Schottenloher, "Basic bundle theory and K-cohomology invariants", vol. 726, 2007.

  • [K78] Max Karoubi , "K-Theory", Classics in Mathematics, vol. 226, 1978.

  • [M13] Amiya Mukherjee , "Atiyah-Singer Index Theorem-An Introduction: An Introduction", 2013.

  • [N15] 中岡宏行, "圏論の技法: アーベル圏と三角圏でのホモロジー代数", 2015.

  • [P08] Efton Park, "Complex Topological K-Theory", vol. 111, 2008.

  • [W12] Klaus Wirthmüller, Vector Bundles and K-Theory, https://ncatlab.org/nlab/files/wirthmueller-vector-bundles-and-k-theory.pdf


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