KK理論前史

KK理論といったときに,現在では大きく二つのものに意味が分かれる.すなわち代数的KK理論位相的KK理論である.

応用的見地からざっくりと言えば,代数幾何学や整数論と関係が深いものが代数的KK理論であり,位相幾何学や作用素環論・物理学と関係が深いものが位相的KK理論である.
(もちろん今後の発展によってはこれらの関係性が変化することはあり得る).

これらの理論はどちらも各々の分野で欠かすことのできない重要な役割を担っているのであるが,実はこの二つの理論は同一の起源を持ち,その基礎的な部分での関係性はとても深い.

本稿の目的はこのKK理論の起源やそれぞれの関係性についての解説を行うことである.なお本記事の執筆においては主に [A1] および [K1] を参考にした.

Contents

Grothendieck-Riemann-Roch

KK理論の歴史は A.Grothendieck による Hirzebruch-Riemann-Roch の定理の一般化([BS1])にその起源を持つ. そこでまず Hirzebruch-Riemann-Roch の定理について簡単に説明する. XX を複素射影多様体とし,EEXX 上の正則ベクトル束とする. このとき,EE の Euler-Poincaré 標数

χ(X,E):=i=0dimX(1)idimHi(X,E)\chi(X,E) := \sum_{i=0}^{\mathrm{dim} X}(-1)^i \mathrm{dim} H^i(X,E)

は,EE のChern類と接束 TXTX のChern類の"多項式"(を XX の基本類とでペアリングをとった)T(X,E)T(X,E) で表される,というのが Hirzebruch-Riemann-Roch の定理の主張である:

定理 (Hirzebruch-Riemann-Roch の定理 (1954)):

χ(X,E)=T(X,E)\chi(X,E) = T(X,E)

Grothendieck はこの定理の一般化にあたり,上の等式の両辺が次の性質を持つことに注目した:

命題 (χ\chiTT の加法性):
ベクトル束の完全系列 0EEE00 \rightarrow E' \rightarrow E \rightarrow E'' \rightarrow 0 に対して,

χ(E)=χ(E)+χ(E)\chi(E) = \chi(E') + \chi(E'') T(E)=T(E)+T(E)T(E) = T(E') + T(E'')

が成り立つ.

上の命題は Euler-Poincaré 標数 χ\chi と"多項式" TT がそれぞれベクトル束の完全系列に対して加法的であることを示している. そこでベクトル束の完全列に対して加法的かつ"普遍的"なものを考え,

χ\chiTT を,その"普遍的"なものから Z\mathbb Z(あるいは Q\mathbb Q)への準同型であると考える

というのが Grothendieck のアイデアである.そしてこの"普遍的"な対象として考えられたのが今日(代数的)KK群と呼ばれるアーベル群 K(X)K(X) である[1][2]

Grothendieck はこのKK群を用いて,Hirzebruch-Riemann-Roch の定理を次の様に一般化した:

定理 (Grothendieck-Riemann-Roch の定理([BS1])):
X,YX,Y を非特異代数多様体とし,f:XYf:X \rightarrow Y を固有射とするとき,次の図式は可換である:

K(X)f!K(Y)ch()td(TX)ch()td(TY)H(X,Q)fH(Y,Q) \begin{CD} K(X) @>{f_!}>> K(Y) \\ @V{ {\rm ch}(\cdot){\rm td}(TX)}VV @VV{ {\rm ch}(\cdot){\rm td}(TY)}V \\ H^* (X,\mathbb Q) @>>{f_*}> H^* (Y,\mathbb Q) \end{CD}

ただしここで,f!:K(X)K(Y)f_!:K(X) \rightarrow K(Y)KK群の間に定まる押し出しであり,f:H(X,Q)H(Y,Q)f_*: H^* (X,\mathbb Q) \rightarrow H^* (Y,\mathbb Q) はコホモロジー群の間に定まる押し出しである.

なお,上の定理で YY を一点としたものが Hirzebruch-Riemann-Roch の定理である.

このようにして Grothendieck により創始された代数的KK理論は,その後モチーフの理論やゼータ関数の特殊値の話とも結びつき,現在では当初の Hirzebruch-Riemann-Roch の定理の一般化という役目を大きく超えて,広く深く発展している.

Atiyah-Hirzebruch-Riemann-Roch

Atiyah と Hirzebrch は上記の Grothendieck の結果を受けて,その"可微分版"を考えた([AH1]). 上述の Grothendieck-Riemann-Roch の定理に現れる代数多様体 XXKK群は XX 上の代数的ベクトル束を用いて定義されるのであるが,それを位相的ベクトル束に代えたものを可微分多様体 XX の(位相的)KK群としたのである. このようにして定義した群 K(X)K(X) を用いて,Atiyah と Hirzebrch は以下の定理が成り立つことを示した:

定理 (Atiyah-Hirzebruch-Riemann-Roch の定理([AH1])):
X,YX,Y を(ある条件を満たす)可微分多様体とし,f:XYf:X \rightarrow Y を(ある条件を満たす)連続写像とする.このとき次の図式は可換である:

K(X)f!K(Y)ch()td(TX)ch()td(TY)H(X,Q)fH(Y,Q) \begin{CD} K(X) @>{f_!}>> K(Y) \\ @V{ {\rm ch}(\cdot){\rm td}(TX)}VV @VV{ {\rm ch}(\cdot){\rm td}(TY)}V \\ H^* (X,\mathbb Q) @>>{f_*}> H^* (Y,\mathbb Q) \end{CD}

ただしここで,f!:K(X)K(Y)f_!:K(X) \rightarrow K(Y)KK群の間に定まる押し出しであり,f:H(X,Q)H(Y,Q)f_*: H^* (X,\mathbb Q) \rightarrow H^* (Y,\mathbb Q) はコホモロジー群の間に定まる押し出しである.

この定理の定式化および証明で用いられた群 K(X)K(X) は,[AH2] において Atiyah と Hirzebruch によりそのコホモロジー論的性質が詳しく研究された後,位相的KK理論の名の下,指数定理の証明や作用素環の分類理論・非可換幾何学へと応用されていく.その発展は現在も続いており,近年では素粒子物理学や物性理論との関係が注目されている.

Serre-Swan

上述のように,Atiyah と Hirzebruch による位相的KK群の定義は Grothendieck による代数的KK群のアナロジーとして与えられた.しかし実はこの位相的KK群と代数的KK群の間には単なるアナロジー以上の関係がある.それが本節で紹介する Serre-Swan の定理である.

Serre は [S1] においてアフィン代数多様体上の代数的ベクトル束の同型類とその座標環上の有限生成射影加群の同型類が一対一に対応することを示した.一方,Swan はこの定理に刺激され,その"トポロジー版"を考えた([Sw1]).つまり,コンパクト Hausdorff 空間 XX と,その上の連続関数全体のなす可換環 C(X)C(X) を考え[3]XX 上の(位相的)ベクトル束の同型類と C(X)C(X) 上の有限生成射影加群の同型類が一対一に対応することを示したのである[4]

これらはどちらも空間上のベクトル束と"座標環"上の有限生成射影加群の対応を主張しており,今日ではまとめて Serre-Swan の定理と呼ばれることが多い.

さて,上述の様に Grothendieck は代数多様体に対してその上の代数的ベクトル束を用いてそのKK群を定義した.その定義は代数的ベクトル束の同型類のなす(可換)半群を群完備化することで得られる[5].一方 Serre-Swan の定理によればアフィン代数多様体上の代数的ベクトル束の同型類と座標環上の有限生成射影加群の同型類が対応し,さらにこの対応は半群の構造を保つ(i.e. 半群としての同型になる).特にアフィン代数多様体として可換環 RR に対する Spec(R)\mathrm{Spec}(R) を考えると,その座標環は RR 自身であり,従って RR 上の有限生成射影加群の同型類と Spec(R)\mathrm{Spec}(R) 上の代数的ベクトル束の同型類は半群として同型になることがわかる.

以上の対応を認めれば,一般の環 RR に対して,そのKKK(R)K(R)RR 上の有限生成射影加群の同型類のなす半群の群完備化として定義することは自然であろう.実際,環 RR に対する代数的KK群はそのようにして定義される.

さて,ここでコンパクト Hausdorff 空間に対するKK群の定義に戻ろう.Atiyah と Hirzebruch は Grothendieck によるKK群の構成を位相的ベクトル束に対して行ったのであった,つまり,位相的KK群は位相的ベクトル束の同型類のなす半群の群完備化として定義されるのである.

一方,再び Serre-Swan の定理によればコンパクト Hausdorff 空間 XX 上の位相的ベクトル束の同型類のなす半群は環 C(X)C(X) 上の有限生成射影加群の同型類のなす半群と同型である.従って上述の環に対するKK群の定義から次を得る:

定理 (代数的KK群と位相的KK群の関係):
コンパクト Hausdorff 空間 XX に対して

K(C(X))K(X)K(C(X)) \cong K(X)

が成り立つ

当時の人々の間においてベクトル束と有限生成射影加群の対応がどの程度認識されていたかは分からないが,代数的KK群と位相的KK群の成り立ちを考えると上記の同型はある種奇跡的ですらある.

KK 理論の誕生からおよそ60年,未だその魅力は尽きることなく人々を魅了し続けている.

参考文献

  • [A1] Michael F Atiyah , "K-theory past and present", arXiv preprint math/0012213, 2000.

  • [AH1] Michael F Atiyah and Friedrich Hirzebruch , "Riemann-Roch theorems for differentiable manifolds", Bulletin of the American Mathematical Society, vol. 65, pp. 276--281, 1959.

  • [AH2] Michael F Atiyah and Friedrich Hirzebruch , "Vector bundles and homogeneous spaces", pp. 7--38, 1961.

  • [BS1] Armand Borel and Jean-Pierre Serre , "Le théorème de Riemann-Roch", Bulletin de la Société Mathématique de France, vol. 86, pp. 97--136, 1958.

  • [K1] Max Karoubi , "Lectures on K-theory", 2003.

  • [K2] Max Karoubi , "K-theory. An elementary introduction", arXiv preprint math/0602082, 2006.

  • [S1] Jean-Pierre Serre , "Faisceaux algébriques cohérents", Annals of Mathematics, pp. 197--278, 1955.

  • [Sw1] Richard G Swan , "Vector bundles and projective modules", Transactions of the American Mathematical Society, vol. 105, pp. 264--277, 1962.

脚注

[1] KK理論の KK は類(classes)を表すドイツ語 Klassen から来ており,ドイツ語は Grothendieck の母語である([K2]).
[2] C(X)C(X) という記号が用いられなかったのは,C(X)C(X) は通常 XX 上の連続関数環の意味で使われることが多く,それとの記号の重複を避けるためらしい(なお,Grothendieck は関数解析に関する論文で学位を取得している)([K1]).
[3] C(X)C(X) には各点における和と積で可換環の構造を定める.
[4] なお,この対応は XX 上のベクトル束 EE に対してその切断全体のなす C(X)C(X) 加群 Γ(E)\Gamma(E) を対応させることで得られる.
[5] 半群が与えられたとき,その半群から任意の群への半群としての準同型を facotor through するような普遍的な群を構成することができる.この普遍的な群を元の半群の Grothendieck 群といい,半群からその Grothendieck 群を得る操作を群完備化(group completion)あるいは Grothendieck 構成などという(なお,Grothendieck 構成という言葉は全く別の意味で用いられることもあるので注意が必要である).


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